細川ガラシャといえば戦国時代、一、二、を争う美女です。
対抗馬は信長の姉・お市の方。ダークホースが淀君かしら?

ガラシャは明智光秀の娘で父の親友・細川藤孝の息子・忠興に嫁ぎます。
株式会社「信長の野望」専務と平取という重役どうしの結婚でした。
この夫婦にも決定的な亀裂がありました。
ガラシャの父・光秀の本能寺の変。そして、三日天下で終わってクーデター失敗。
重役令嬢は「主殺し・逆臣の娘」の烙印を押されてしまいます。
この時、夫・忠興は妻を守るどころか、保身に奔り離縁してしまいました。
そして、2年間の幽閉。
これも戦国の世のならい。
でも、どうでしょうか?
ほぼ同条件の筒井順慶(養子の嫁が光秀の娘)は離婚も幽閉もしていない。
その意味で細川忠興は二代目特有というか器に問題があったのかもしれませんね。
さて、細川夫妻は秀吉の命によって復縁。
ところが、ガラシャの心はすっかり冷めきっていました。
器量人どころか不甲斐ない夫。世間体や出世のために私を捨てた男。
彼女はこの世を儚んでキリスト教に入信。洗礼を受けます。
ガラシャとは洗礼名。
それを知った忠興は激昂! ガラシャは「ふん、なにさ私の勝手よ」
二人の関係は修復不可能。信頼関係は既にぶっ壊れていたのですね。
忠興は細川藤孝の息子として育ったプリンスですからプライドも高い。
プライドは高いですが、ホントは大したことはない。小心者です。
だからこそ、それを見透かしたような妻の態度が我慢ならない。
毎日が夫婦喧嘩の嵐。台風一過は冷戦。(ガラシャは気性が荒い)
妻は徹底的に夫を「無視」。宗教に没頭します。
彼女を貞女のカガミとか信仰に殉じた悲劇のヒロインという認識はちょっと怪しい。
なぜ、彼女がそういう風に祀り上げられたかというと、
関ヶ原の合戦で大阪に残るガラシャが敵の人質になるのを拒んで
留守居の家臣に首をきらせて、館に火をかけた。これぞ貞淑!って解釈。
でも、ちょっと待って。
ガラシャはクリスチャンですよね。それも熱心というか熱狂というか狂気という。
だったら自殺なんかしません。(キリスト教では自殺は禁じられている)
この事件は最初から忠興が留守居役の家臣に命じていたと言われます。
だって、家臣の単独判断でそんなこと出来るわけがない。
他の東軍関係者はほとんど逃げ出しているんですよ。
ガラシャは殺されたのです。犯人は夫さんだ。
忠興はこの不毛な夫婦生活に耐えられなかったようです。
ガラシャをそこまで愛していたのか?
どうでしょうか。
逃げれば追いたくなるものですから何とも言えませんが。
確かに、庭師がちらっとガラシャを盗み見ただけで手討ちにしたという逸話があります。
余計にガラシャから軽蔑されたというオチがついて。。。
それを忠興の屈折した愛情表現とか嫉妬による永遠の独占とかする説もありますが、
自分をバカにする妻の態度に苛まれていたんでしょうね。
プライドだけは人一倍強い人でしたから。
結果として、ガラシャを殺すことで二人の愛憎にピリオドを打つのでした。
ガラシャも傷つき、忠興も傷つき、破滅に直走る。
愛にはプライドがあります。